うたた寝をしている。
人当たりが柔らかいようで、常に気を張っているこの人が、こんなにも無防備な姿でいるのはとても珍しいことに思えた。
ゆらゆらと、午後の光の粒が彼の周りを散歩している。色合いどおりふわりとした髪が、風に吹かれてなおふわりと軽くたゆたった。

「変なこと言いますけど。…と、言うか、寝てるから言えるんですけど」

彼とは別に、無防備なところを、こんなふうに容易く呼びかけられるほど親しい仲というわけではなくて。けれど、判っていてもアカリは、この場を素直に立ち去りがたかった。

「…最近窮屈そうですよ」

木の幹にゆったりと身を預けたチハヤの横に、アカリは膝をつく。人の気配を感じてか、微かに彼のまぶたが震えた。

人の見目のよさというものは、正直よく判らないアカリであっても、この人はきっととてもきれいな人なんだろうと感じる。見目に限らず、その所作はいつもひとつひとつが神経質で丁寧だ。
最も、いくら褒め言葉のつもりだとしても、男の人相手に「きれい」という言葉は可笑しいかもしれない。けれど生え揃ったまつげはそんな矛盾を吹き飛ばすほど繊細なのだから仕様がない。

「作り笑顔、続けたいなら、もうちょっと広がりを持たなきゃ」

紺色のエプロンがはためく。構わずアカリは続ける。

「まあ聞き流してください。って、聞いてないから言えるんですけ、…ど…」

手首を取られて瞠目した。
気がつけば、アメジスト色をした瞳が姿をのぞかせている。
斯様なことを、面と向かって告げれば、矜持の高い彼はさぞや不快になるだろうと、思っての先ほどの行動だった。けれどもアカリの想像と違って、かち合ったチハヤのそれは思いのほか穏やかだった。


「……参考には、させてもらおうかな」


目覚めた青年は無防備なまま、壁のない微笑みをはじけさせる。刹那、彼のてのひらに、アカリの心ごと大切なものを握り締められてしまった気がした。


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