「―――泣くな」

泣きじゃくるティナを抱きしめる。
昼日中の村の広場だ。人の気配はいくらもあったが、そんなものを気にしてはいられなかった。
いつもそうだ。ティナの涙はハヤトが培ってきた判断力とか、冷静さとか言ったものを全部吹き飛ばしてしまう。

「…泣くな。頼むから」

ティナが漏らす嗚咽はまるで子供だ。直情的で包み隠すものなどない様子はハヤトの中の愛おしさをただ煽る。唇を噛んでその存在を強く強く抱き込んだ。

可愛いひと。
お願いだから泣き止んでくれ。


「毎度思うけど、すげぇよなお前ら。…お前らっていうか、むしろティナが?」
「…何がだ」

酷く泣き疲れてしまったティナを送り届けた帰り、まさに広場で先の騒ぎを目の当たりにしていたダンが軽々と話を振ってきた。このように気さくに会話を持ちかけられるほどの間柄だった覚えはないが、大切な少女の名を聞いてのこと、邪険には扱えなかった。

「ほらそれそれ。お前みたいな堅物が公衆の面前であんな抱擁を繰り広げるってんだから、ティナどこまですげぇの?どこまで骨抜きにしてんの?ってな」

はやすように肩を叩いてくるダン。対してハヤトは静かに、そうじゃない、と切り返した。

「そうじゃないって!あそこまでやっといて、惚れてないってか?」
「…俺とティナは、お前が思っているような関係ではない」

しかしながら、どうしてこんなことを、こんな見るからにちゃらちゃらとした男に話しているのか自分で判らなかった。それでも不思議と、ダンを信用してもいい気がした。


「ティナには好きな奴がいる」
「……は?」
「ただ、叶う可能性は極めて低いというだけだ」


沈黙を挟んだ後の、ダンの表情は不可思議なものだった。けれど彼にとってみれば自分たちの関係のほうが余程不可思議かつ、不可解なものであっただろう。それはハヤトだって自覚している。

捨てられないだけ。
告げられもしないのに、断ち切ることも出来ない。

乏しいハヤトの表情から、鋭く何かを読み取ったのか、ダンはそれ以上追及することはなかった。まあ頑張れよと言い置いて去っていく。
周囲の反応を見れば二人の関係が歪んでいることは明らかだった。


それでも、ティナの温もりを失うことより、残酷なものなどこの世にない気がした。


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