漫画などでよく、人物の周囲や背景に稲妻を背負わせて怒りを表現する方法がある。
そんなものは二次の世界だけのものかと思っていたが、しかし、今少女の目前にいる青年がまとう雰囲気は、まさしくそれかも知れなかった。


手にした手紙を、無感情な瞳でさっと読み終えたカールは面を上げる。刹那、比喩ではなくティナの身体に悪寒が走った。それはとてつもなく嫌な予感によるものだ。

「…それで?」

問う声は、いつもの温かい彼からは想像出来ない冷めた色をしている。

「これ、ラブレターなんだけど?」
「…し、知ってる」

ティナは胸の前でぎゅっと両手を握る。そうしなければ震えて上手く喋れなかった。
何とか少女がそう搾り出すと、彼に対する気持ちが凝縮されているはずの手紙を、回して弄んでいたカールの長い指がぴたりと止まる。

「…へぇ。知ってたんだ」
「…」
「知ってた上で、コレを、おいらに渡したんだ」
「へんじは…わたしに言付けるようにって、」

途端、ぐしゃりと握りつぶされる手紙。
ティナの言葉そのものをへし折るような乱暴な所作で、紙くずと化したそれを放り投げる青年。
はにかみながらティナに気持ちを託した、ショートカットの少女の顔が脳裏を過ぎって―――無意識にティナは抗議の声をあげていた。

「ひどい!カール最低だよ!エレンちゃんが一所懸命書いた手紙を、そんな」
「ひどいのはどっちだよ!」
「っ」

身をすくませる。カールの大声を聞いたのは初めてだった。

「ティナはおいらの気持ちを知らないの?そんなはずないよね、おいらは確かに伝えたはずだ。ティナが困っているようだったから、急がないとも、待つとも言った……だけど、諦めるとは言ってない!」

がん。
拳を打ち付けられた壁が硬質な音を立てる。それはティナを非難するように。

「おいらが最低なら、おいらの気持ちを踏み躙ったティナは最低最悪だ」
「…ごめん…」
「知らないよ」

ぐいと腕を引かれる。その所作には容赦がなかった。踏ん張って抵抗すると、カールの焦れたような舌打ちが耳を抜けた。戦慄いた背中を強い力で引き寄せられて瞬時に視界は暗くなる。

「―――っ、カー…!」

射抜くような瞳と色素の薄い前髪の存在を認めてティナはもがいた。しかし背を押さえていたカールの手が素早く彼女の後頭部に回って。
微動だにしない身体も、華奢だとばかり思っていた青年の思いがけない力も、間近で見た瞳がれっきとした“男性”のものであることも、段々と苦しくなっていく呼吸も。
その全てがティナには恐ろしかった。

(どうしよう)

けれど一番の恐怖は、貪るような口付けを嫌だと感じていない己に対してだった。

(…どうしよう…)

つと生暖かい感触を口内に覚えた。未知の経験に全身がぞくりと粟立つ。
視界の隅にはずっと、無造作に床に捨てられた恋文の成れの果てが映っている。そんなティナの罪悪感を、もしかしたらカールは判っていてやっているのかも知れなかった。

「知らない。許せるもんか―――もう。馬鹿馬鹿しくて、待っていられない」

エレンのほころぶような笑顔が、ティナの脳裏で鮮やかに咲き誇る。
それでも、襟元に伸びたカールのてのひらを、少女は拒めない。


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