「あー!リオン、来てた……んぎゃあ!」

青年の存在に気付き、華やいだ表情でこちらに駆け寄って来た―――来るはずだった少女は、刹那がくりとリオンの視界から消えました。耳をつんざく盛大な音と共に、彼の足にはビシバシと容赦なく何かが当たる感触がします。
出し惜しみの片鱗もなくカゴに詰まった鉱石を撒き散らしたティナは、「い…ったあー!」と叫びつつも大きな怪我はないようです。転げるティナを見た瞬間、無意識に背筋がヒヤリとしたリオンですが、彼女の平気そうな様子に、彼女には見せないように心の裏側で安堵しました。

「フン…それだけ叫ぶ元気があるなら大丈夫だろう」
「うー…油断したあ…」
「お前に注意力がないことなんて茶飯事じゃないか」

憎まれ口を叩きながらも、リオンは身を屈めて鉱石を拾います。数日前にも同じようなことをした気がして、その時の状況を思い出そうとしましたが、リオンはあまり相手の顔を覚えていませんでした。ただティナではなかったと、それだけは記憶に残っています。
なぜこうもはっきり言い切れるのかと言うと―――。

「…いつまで寝っ転がっているつもりだ?」
「わっ!」
「ほら、早く立て。…鉱石を拾うのに邪魔で仕方ないだろうが」

もしティナだったならば、リオンは憎まれ口を叩きつつも助け起こしてやっていたからです。

「お前…今の姿、見苦し過ぎるぞ…」
「ひどっ!女の子にその台詞はないよ!」

ティナは頬まで泥まみれの姿のくせに、抗議だけはきっちりと返してきます。
どういう転び方をしたらこんなに汚れるのだろうかと疑問に思いながらも、背中や腕など、彼が触れても差し支えないであろう部位にまでついたほこりを、リオンは淡々とはらってやりました。

「なんか今日のリオン、優しいね。お兄ちゃんみたい」
「馬鹿なことを言ってないでお前も少しは自分ではらえ!」
「ごめんってばー。怒らないでよ」

語気強く返しながら、リオンはここが薄暗いどうくつであることに感謝しました。でなければティナの言葉に赤く染まった頬を見られていたことでしょう。
笑いながらティナも自らの服をぽんぽんと叩き、あらかた汚れを落とし終わったところで頭上のリオンを振り仰ぎました。もう一度お礼を言おうと思ったからです。

「でもホントにありが…」

しかし青年の顔を見上げた瞬間ばっちりと目がかち合い、真剣な色を湛えた瞳にティナは思わず身を強張らせました。リオンは構うことなくティナに、その腕をゆっくりと伸ばします。

「…ぅわっぷ!」
「全く…、どうしたらこんなところにつくんだか」

ごし、とリオンは服の袖でティナの頬を拭い始めました。口調は呆れをふんだんに含んでいましたが、頬に触れる彼の指と布の感触は言葉とは裏腹にとても優しく、ティナはどきどきしてしまいました。
何度か袖で彼女の頬を行き来させたあと、これで終いだとばかりにリオンの長い指がつうと、ティナの頬を滑ります。

少女の強靭な心臓もそこで限界でした。

「ひゃあ!」
「―――っ、わ、悪い……って、なんでボクがお前に詫びなければならないんだ!」

ばふり、とティナの頭に何かが押し付けられるように降ってきます。それはリオンの帽子でした。

大きなつばに遮られた二人の若者の頬は、どちらも真っ赤に染まっています。
じれったいような、甘酸っぱいような、それでいてどこか心地よさを感じるような。

この沈黙をどう打破すべきか、このあと二人して苦悩することになるのでした。


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