あわぁい桃色の、髪した男の人が、あたしの手をずっと握ってる。 細くって、華奢だなって思ってた彼の手は、本当はとてもしなやかで力強かった。知って嬉しいような、知らないままで良かったような、微妙な真実に、心のはしっこで少しだけ意識した。 この人は、可愛い面だけじゃなかったんだって。 けどそれは、本当はもっとずっと前から彼が垣間見せてた、熟成した男性の部分だった。ただ、あたしが知らないふり、してきただけ。気づかないそぶりで、彼にブレーキかけさせてた。それだけ。 「きみも、うまいことやるよね。おかげで僕は身動き取れなかった」 「…なんの話?」 平然をよそおった。笑顔を心がけてるつもりで、人に感情を見せてないつもりの彼の顔が、あたしの言葉を聞いた、とたんに苛立ちを瞳に浮かべた。 長く見てたら判る。この人はとても感情的だってこと。 全てを諦めたような顔してても、心のどこかでその全部をどうにか手に入れてやろうって、とても大きな野望を抱いてる人だってことも。 「…本当に判らない?」 「判らないよ。なんにも」 「何も?全然、思い当たることの一つも、ないって?」 「ないよ」 手首の戒めが、力を増して、骨がきしんだ気がした。 ずっと彼を見上げてるあたしの瞳から、彼はなんにも情報を得られないみたいで、あたしの真意をはかりかねてる。判っててわざと、そんな顔ばっかりしてた。 判ったでしょ? 無感情なら、人に気持ちを汲ませないことなら、きみよりずっとあたしのほうが得意なんだよ。 「…じゃあ、今から起こることも全部、判らないでいればいい」 桃色のふわふわとした髪の毛が、額をくすぐった。無意識にうつむこうとしたのに、彼のあごを捉える手は素早かった。 手馴れてるな、なんて冷静に考えたりしてた。 ぽかん、としてるあたしを見て、初めて彼が笑う。 「……すごいや。全然意識してませんって顔して」 ふっと、空気を少し漏らすだけのそれは、悔しさをおさえようとしておさえきれてない、もどかしさとじれったさの詰まった笑い方だった。声だった。 左手で自分の前髪を、くしゃりとかき乱して、ひとしきり髪をぼさぼさにした彼は鋭い輝きであたしを見下ろす。 「本当は、人に何かを乞うなんて嫌いなんだ―――けど、降参だ。教えてよ」 「…あたしに判る範囲なら」 ねめつけてた瞳がふっと緩んだ。ともすれば涙目にも見えそうな、澄んだ紫のそれを、一度だけ動かして彼は握りっぱなしのあたしの左手を見つめた。じいっと、食い入るように。 薬指の指輪を。 「どうすれば、きみは僕のものになってくれるのかな」 見つめて、しなやかな指で少しだけ、触れた。 BACK |