チハヤの振り下ろした言葉の刃が、あたしの心を裂いた。 「…知ってるよ。分かってる」 「嘘だね。君は分かってない。理解してないよ、何も」 「分かってる!…チハヤこそ」 声を荒げるあたしの前に、その青年は、美しい顔を厳しく形作って立ちふさがっている。 「あたしの気持ち知ってるのに、なんで意地悪ばっかりするの。言うのよ?」 「……僕の気持ちも知ってるのに、それを訊くの」 飲み込まれそうな、渦巻くような激情が紫の瞳にひたひたと満ちている。 それ以上顔を見ていられず、俯いて右へ左へ身体をずらした。けれど同じように移動されてしまえば、案外肩幅の広いチハヤの横を、そ知らぬ振りして通り抜けることはできそうになくて。 「…どいて」 「嫌だね」 「帰れないでしょ」 「端から家に帰るつもりなんてないクセに」 それは正しすぎる読みだった。 袋に入れてあるから、手荷物の中身があの人の大好きなコーヒー豆であることなんて気付かれるはずはないのに、まるで疑う余地もない口調でチハヤは断定した。 「行かせないよ。あいつのところなんて」 「どこに行こうとあたしの勝手よ」 「引き止めるのも僕の勝手だ」 じわりと雰囲気が変化して、彼が、間に敷かれた曖昧な距離を縮めようとしているのを肌で感じた。心臓がドクンと鳴ったけれど、こういう時、どうやって切り抜ければいいのかなんて誰も教えてくれなかった。 「っ」 驚きで肩が跳ねるほど優しい手つきで片手を掬われた。 チハヤの眉が切なく歪む。 「君が困るのは百も承知なんだ。…だけどあいつだけは、例え他のどんな男を認めたって、あいつだけは、認めない」 分かっていると叫んだ。 けれど本当は、分かっていない。だって分かりたくない。 ―――人間じゃないんだ。一緒に生きていくことなんてできないんだよ。 例えば人間離れした身体能力だったり、持久力だったり、回復力だった。 それを何度も目にした。間近に見ていた。 だからもう、あの人があたしと同じ存在だなどという、あの人への侮辱にも近い浅はかな願望をあたしは欠片も抱いていない。 それでも。一緒の速度で生きることが叶わなくても、全身の細胞が全力で、この人の傍にいたいと叫ぶ。 かきむしりたいほど深く、強い、衝動で。 「それでも……あたしは、あの人しか欲しくないよ…」 掻き抱かれ、くぐもった囁きが、チハヤの耳に届いたかどうかは分からなかった。 BACK |