おぼれてゆきそうなのとクレアさんは言う。
澱みのない口調で何事もなく、さらさらと零れる水みたいに繰り返して。

おぼれてゆきそう。

淡々としたそれはしかし多くの酸素を必要とするらしく、クレアさんがひとことささやくたび、欲張りに酸素を取り入れては俺たちの取り分を奪っていく。

おぼれてゆきそう。

クレアさんは再び言う。

おぼれてゆきそう。

いやにふんわりとした空気をかき回そうと立ち上がりかけた俺の手を、ひどく冷たい何かが留める。
弱々しく小指を握ってきた華奢な手を振りほどくことなどできない。諦めてゆるりと首を振り、再度腰を落ち着けると、深く青い双眸がやわらかく細められた。
それなのに、クレアさんは言う。

おぼれてゆきそう。

ねえ、クレアさん。
俺はここにいるよ。ずっといる。いままでも。これからも。
覚悟なんていらなかったんだ。
命が生まれるように、死ぬように、クレアさんの傍にいると決めたことは必然だったから。

けれど俺ではすくい上げてやれないことを知らしめるように、クレアさんはただ言葉を満たしていく。

おぼれてゆきそう。
おぼれてゆきそうなの。


俺も、おぼれてゆきそうだ。


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