「―――借りるよ」

たった一言でさらわれた色白の少女の、紅潮した頬が忘れられない。
なびく髪の間から見えたそれは、微かでいてささやかでいて、瑞々しい果物のような、あでやかな紅だった。
風のように少女の手を捉え青年の前から連れ去った、一人の男の背中をぼうと見やって、躊躇って、仰いで、見送って。
俯いて青年は、いつものように釣り糸を垂れた。
無条件に心を落ち着けてくれる行動を、無意識に選んだ。
けれど海は荒れている。
白い泡を交えて揺れる青々とした水面が、ちゃぷりと鳴る。
大好きな景色のはずなのに、青年の気持ちは穏やかでなかった。

清廉な青を見つめながら、鮮烈な紅が頭から離れない。
海は荒れている。
渦巻く雲を風が吹き去って、のぞいた夕日が目に染みる。

海が凪いだ。
橙のような紅のような色合いのベールが、風に身を任せている。

青年には、少女の想いが見えた気がした。


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