あたしのモットーは『後悔しないように生きる』ことです。
でも今後悔してます。すみませんカッコ良く言い切っておきながら即行で否定して。でも今あたしはめちゃくちゃ後悔しているんです。ええ。一週間前の自分に対して。

誰か時を戻す魔法の合言葉とか知りませんか。


::: ハピネス倶楽部 :::


その日あたしはいつもより順調に動物と作物の世話を終えて、結構上機嫌だった。何だかあたしも牧場主が板についてきたんじゃないのとか考えて、かなり浮かれていた。
空いた時間で島をざっと散策も出来たりして、もう二年目なのにまだじっくり見られていないところが一杯あったから、今日はなんて贅沢な時間の使い方してるんだろうなんて、豊かな春の自然を見ながらちょっとセレブな気分に浸っていた。意味もなく。

「おっひさー!元気してる?」

その勢いのまま久しぶりに役場に顔出しちゃったりなんかして。
思い返してみるとこれが後々の騒動の幕開けだったんだけど、でもそんなのその時に判るわけないじゃないか。

「うるさい。少しトーンを抑えろ!」
「とか言うギルの声も耳に痛いでーす」
「っ…!」

さらりと返すとギルの持っていたペンがみしりと鳴った。ええー。
そのしろくうつくしいとうじきのようなおはだに、あおすじをおうかべになりながら。

「いらっしゃいアカリさん」

無意味に頭の中で文章を作っていたあたしにエリィはにっこり微笑んでくれた。ああ、いつ見ても可愛いなこの人は。というかこの村の若い衆は揃いも揃って見目が麗しすぎると思います。どう思いますか先生。

「丁度よかった。余計な手間が省けたわ」
「余計な手間とか悲しいけど…でもそれは多分あたしのエリィへの愛が」
「ああ、はい。それより手紙来てるわよ」

ついでにこの可憐な女の子はちょっと黒いと思います。どう思いますか先生。
エリィが心の底から清々しげな笑顔で一通の手紙を渡してくる。有無と続きを言わせないその圧力に抵抗する術も知らずあたしはしょんぼりと手紙を受け取る。

「げっ」

差出人を見て、思わず声が出た。

「げ、とは何だげ、とは」
「そうよ。ご両親からの手紙なんでしょう?」
「いやまあそうだけど。そうなんだけどね」

表面に、アカリへ。裏面の隅に、両親より。

何のことはない、それは両親からの手紙で、そしていきなり遠い島で一人暮らし、しかも牧場を始めた娘を気遣って送られてきたはずのそれに対してこの反応は非情とも言えるけど、でもそこには勿論色々と複雑な事情が絡んでくるのだ。
十日ほど前に送られてきた手紙の内容を思い出す。元気でやっているか、こちらは順調だ、の書き出しはいい。普通の手紙と変わりない。問題は次からだった。

『そちらでいい人は見付けたか。いや、まさかお前に限ってそんなはずはない。お前に恋人が出来たら爆笑どころか腹が千切れてしまうと母さんも言っていた。』

話の振りが急過ぎる。二行目からこれか。前置きと言う言葉を知らないのかうちの親は。
訊いといて反語使わないでよお父さん。失礼だよお母さん。この二人から生まれたのだという現実にちょっとだけ目頭が熱くなった。

『まあそれはいい。が、もうアカリが島へ渡って一年だ。一度はお前の住まいと牧場を見ておきたいと、父さんの頭は弾き出した。いつがいいか?いつが暇か?いつでも暇か。』

最後の一言、余計。弾き出したって何だよ。計算機か何かか!
突っ込むことすら疲れてざっと全体に目を通すと要は、『一度島へ来たい』と言いたいのだろうと判ったので、あたしは簡潔に返事を送った。恋人どうこうの部分については、適当に見つけて適当に落ち着きますと書いた。
それが一週間前のことだ。

「で、娘の勘ってやつかな…ちょっと嫌な予感するんだよね」

カウンターにあるペン立てからハサミを取り出して封を切る。
エリィは興味なさそうに自分の作業へ戻ったが、ギルは少し神妙な顔つきであたしの手元を見つめている。もしかしたら少し感じ入ってくれたのかも知れない。ちょっと見直した。

「まさにお前の親だな」

コンマ1秒で見損なった。

「常日頃からお前の挙動不審振りには驚いていたが、そうか…遺伝だったか」
「納得するなよ!」
「ああ、すまない。ご両親を侮辱したつもりはないんだが」
「そこじゃねーよ!」

喧嘩売ってんのか小僧!

「もういいよ…。ギルに判れって言うほうが馬鹿だったよ」

何だと、とあがるギルの不機嫌な声を無視して、荒々しく手紙を掴んだあたしは同じように荒々しくそれを開いた。


『12日、お見合い相手を連れて、島に着きます』


でかでかと一文だけ。

はらり、紙が落ちる。
夢だと言ってください。夢だと仰ってください。夢だと述べてください。夢であってくれ。
だけど、それを拾い上げたエリィが可愛らしい声で、ひどく残酷に現実を告げた。

「お見合いですか、しかもこれ、今日じゃないですか」
「ああ。そう言えば父上が朝、島に人が来ると言っていたな」

ギルが冷静に追い討ちをかける。あたしは絶叫した。

「『暇なのは夏以降』って、手紙に書いたのに!!」
「突っ込みどころはそこか?」
「うるせーよ!」

ギルが冷静に突っ込みを入れる。あたしは一発殴った。

その時だった。
正面からけたたましい足音。しかも複数だ。そしてそれに被さるように、母さん転ぶなよ!という声が聞こえた。うわあ、嫌な予感。予感ていうかもう確信でいいんじゃないかこれ。
あたしはこの一年の島暮らしで呼び覚まされた本能により逃走を謀った。のだが。

「ちょ、ギル!な、なんっ…離してよ!」
「ご両親がわざわざ会いに来てくださったのだ。逃げるのはあんまりだと思うが」

ギルゥゥゥウ!!

もし声に出していたら、この叫びは超音波を越える高さに達しただろう。それぐらいの全身全霊の叫びを心に響かせたのと、役場の扉がいい勢いでもって開かれたのが、ほぼ同時。
手首を掴まれどうしようもないまま、結局あたしは両親との対面を果たすことになった。


「アカリ…ッ!!」

うわぁ出たぁー。
やたらめったらふわふわでゴッテゴテのオトメのような洋服に身を包んだ女性が一人、あたしに向かって駆け寄ってくる。誰と言われれば、勿論あたしの母しかいない。
一瞬だけ、そのやたらファンシーな母の背景に、薔薇の花が散っているように見えた。なんだあれは!あ、錯覚か。そりゃそうか。でも何故か目がチカチカする。

「久しぶりだな」

やや遅れて入ってきた長身の男性が父だ。こちらは余所行きのスーツといういたって普通でシンプルな格好だった。ほっとした。シンプルってものすごく素敵な言葉だったんだ。あたしも今度からシンプルイズベストを心がけよう―――じゃ、なくて!
さらに続いて入ってきた、失礼ながら優男風の青年を見てあたしは一気に現実に連れ戻された。そもそも意識が異世界に連れて行かれたのは母のせいな気もするけど。

「初めまして。…アカリさん、ですよね?」
「はいそうですよたしかにあたしがあかりさんです」

ふわっと、柔らかく微笑んだその人は何が嬉しいのか、華やいだ声をあげる。
適当に返事をしたことがちょっと申し訳なくなるような無邪気な笑顔だ。

「やっぱり!ぼくはイズルと言います。紹介されていると思うけれど、きみの……」

そこで、はたと、イズルと名乗った青年の動きが止まった。ついで言うなら、あたしのある一点を見て、視線がそこに縫い留められたという感じだった。
つられるように、あたしも視線をおろした。

手首。ギルの手と、あたしの手首。
そう言えば繋いだ、と言うか掴まれたままだったのを思い出す。

「…ああ、これは、」

ギルも初めて思い至ったのだろう、理由を述べながらあたしの手を解放しようとした。だけどあたしはそのどちらも遮って、力の抜けたギルの手を今度はこちらから握り返した。
びくっとするギルに、不敵な笑みを浮かべながら一瞥をくれる。イイことを思いついたのだ。

「ええ、そうなんです!イズルさんには申し訳ないんですけど、そういうことなんです!」
「―――はっ!?」

素っ頓狂な声をあげるギル。今まで我関せずを貫いていたエリィがそこで初めて書類から顔をあげた。と言うかこの騒動をスルーしようとしたってどうなんだ。やはり彼女は大物だ。
誰にもこの間を渡してはいけない。口早にあたしは続けた。

「ご存知の通り役場という公共の場であるにも関わらずこうして手を握ってくるくらい彼はあたしにぞっこんで離されるのが嫌なあたしも彼にぞっこんでつまり二人はラブラブなのですみませんが今回のお見合い話はなかったことに!!」
「馬鹿言え、おま」
「照ーれないでいーからねギルゥー!」

ばっちん、と音がたつほどの速度でカウンター越しにギルの口を塞いだ。ただそれはもう、塞ぐと言うか押さえつけるの域に達していた。許してギル。あたしも必死なんだ。

色々と手を回してこの話をセッティングしてくれたのであろう両親に、悪いという気持ちは少なからずある。だけど自分から望んだ話ではないし、何より外部の人相手では、いずれこの島を出て行かなくてはならなくなりそうだから。
そうなることが、一番嫌だった。

「お父さんお母さん、悪いけどあた……ええー」

謝罪しようと二人を振り向いて。驚愕する。

「…アカリ…お前もそんな年に…」
「うふふっふふどうしましょうあなた!ふふふまっまさか本当にこの子にここ、こいび、恋人出来るなんてまああっはははうふふふふふな、涙出ちゃういやあねもうっ!!」


泣いていた。
二人それぞれ違う意味で泣いていた。


「え…ちょっと。二人とも、」
「判った、父さん色々と心配し過ぎたんだな…アカリにもう相手がいるなら…」
「相手!あはははうっふふふふあい、相手ですって相手!ふふふふっふふ…!」
「初対面でこんなことを言っても信じてもらえないかも知れませんが、ぼくは…」
「小さい頃は、お父さんのお嫁さんになると言っていたあのアカリが、」
「およめ、およめさ…ふふふ…ふ…!あ、ああ、やだもう!可笑しいわうふふふっ」
「…ぼくは一目でアカリさんに心を奪われたんです。けれど…僕の片思いみたいだ」
「イズルさんまで!お願いだから冷静になってくれないかな!」

さらにイズルさんが加わって、ぶっちゃけもうお手上げ状態だ。個々のキャラクターが濃すぎる。何だこの人たち手におえない。処理しきれないよ。助けて。
助けを求めようとこの場で一番冷静なエリィを見た。視線が合う。助けてくださいという念を眼に込めた。にっこりされる。ああ、あなたのほほえみは癒しの消毒液です!

「血筋ね」

沁みたぁー。めちゃくちゃ沁みた!笑顔で追い討ち!
最後の頼みの綱であるギルに目を移した。頬に指の形をした痕がついていることを心の内で詫びながらも、彼が紡いでくれるであろう救済の言葉をじっと待った。

「べっ別に僕とお前はララ、ラブラブなどではない!!」
「いいんだ…青年、照れないでくれ。見合いは、…なかったことにする」
「それではぼくのこの想いはもう、一生実ることはないのですね。ああ、永遠の片思い…」
「うふふふっふふふア、アカリに永遠に片思いってあはははっうふっふふふ!!」
「―――もういいよお前らとりあえず黙れ!!」

本当に大変な時は誰も助けてはくれないのだと、あたしは心で実感した。


その後の話。
実は現場にいたのだが、父の後ろに立っていたため姿の見えなかったハーバルさんが気まずげに登場し、つまりはあの熱愛宣言もしっかりと耳にしていたため、ギルと交際していることについて深く丁寧にお礼を言われ、虚言だと言い辛くなってしまった。
その横で両親とイズルさんは思い思いに自分の世界に浸っていて、当分帰ってくる気配もなかった。それでも、あたしがこの二人の間に生まれ、この二人に育てられたことは動かしようもない事実で、そしてこの二人が選んだお見合いの相手が、目の前で『片思いをする己』に陶酔している青年なのだった。

涙出そうだ。
呆然としていたら、ぽんと肩を叩かれた。

「…君も、中々に大変だね」
「ああチハヤ…って、見てたの?」
「見てたね」
「全部?一部始終!?」
「全部。一部始終」
「だったら助けろよ!」
「だって、面倒くさそうだったから」

本当に大変な時は誰も助けてはくれないのだと、あたしは心で強く実感し、確信した。


『後悔しないように生きる』なんて生意気と理想はもう言いません。だからせめて毎日を平和に、そして何より平穏に生きるくらい許してくれませんか。ささやかな幸せを味わわせてはくださいませんか。
ねえマイペアレンツ。アンドマイフレンズ。



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20080115:アップ