::: jigsaw-world :::


 ぱらぱらぱら、と軽い音を立てて、星空の欠片が剥がれ落ちる。

 ひっくり返した台紙を脇に置いて、クレアさんは床のピースをがさがさとかき混ぜた。揃いかけていた星座たちは、たちまちただの厚紙になる。
「またやり直し?」
 うなずくクレアさんに、俺は嘆息してコーヒーをひと口。このパズルは俺の荷物の奥底に眠っていた物であるが、一体いつ入れたのか、持ち主(俺の荷物から出てきたんだから、まあ俺の持ち物だろうよ)の自分でさえもとんと見当がつかない。この家に引っ越してきて荷を解いているときに発掘されたのだが、第一発見者のクレアさんがどうにも気に入ってしまったようで、それ以来こいつは本棚のいい感じのところに鎮座ましましており、夜毎そのピースを弄ばれているというわけだ。
 幾つかの星座が描かれている、比較的易しめのそれを、クレアさんはさくさくと完成させていく。そしてどうやら、残りあと数ピースというところになると、決まって崩してしまうらしかった。

 暖炉の前にぺたりと座りこみ、ピースを並べる手付きはもう慣れたものである。四つ角から徐々に勢力を拡げていって、4分の3ほど見える乙女座に、またひとつ星をはめこむ。
 まだまだ終わりそうにないクレアさんのひとり遊びに、俺は席を立ってキッチンへ向かった。自分にコーヒーのおかわりを淹れるついでにクレアさんのマグカップにもカフェオレを注いで(クレアさんは牛乳たっぷりの一杯が好みであり、その混合比は既に身体で習得済みだ)、ピースのひとつをじっと眺めている彼女の傍にそっと置く。すると、迷うように揺れていた青い瞳がやっと俺の輪郭を捉え、ありがとう、と呟いた。

 マグカップを傾けるクレアさんに、かねてより気になっていた事を訊いてみる。
「――――なあ、なんで完成させないんだ? そのパズル」
 カップのふちに口をつけたまま、クレアさんはひたりと俺の目を見た。ごくり、女性らしい細い喉が動く。ややあって、少し言葉にしづらそうな表情を浮かべながらも、そのくちびるが小さく開かれた。
「夢を見るのよ」
「どんな?」
 クレアさんの手が、作りかけの夜空を撫でる。
「木も、草も、町も、この世界全部がパズルで出来てるの。組み合わせていくと、枠の中でだんだん見える場所が広がっていって、それで最後に、真ん中にふたつ、ピースをはめるの」
 俺は足元に落ちていたピースを拾った。ひときわ明るく輝くこの星は、確かスピカとか言ったっけか。
「最後にふたつ、あなたと私。そうやって、世界は完成するの。……でも、私ってばバカなのよ。ひとつはしっかり持ってるのに、もうひとつがどこを探しても見つからない。それが無いと、パズルは完成しないのに」

 半分も飲んでいないコーヒーは、もはやすっかりぬるくなってしまい、苦味がいや増したようなそのひと口を、俺は殊更ゆっくり飲み込んだ。喋りたい事は出尽くしたのか、クレアさんはうつむいたまま黙ってパズルを組み直していく。
 草も、花も、人も、ひとつひとつではただのピースでしかない。繋げることによってその意味は拡張し、後付けの額縁のように、己の主観を形成するのだ。ジグソーパズルというよりはタイルやレンガの敷き詰めに近いかもしれないな。まだ軟らかいうちには並べ方など自由自在だが、一度固まってしまえば、その順番はもうちょっとやそっとの事では変えられない。
 この町に来て、修行を始めて、クレアさんに出逢って、恋をした。
 そのたびに俺のパズルはばらばらになって、でもなんとか手探りで、形を取り戻してきた。今だから笑える話だが、クレアさんへの感情を自覚した時なんかひどかったな。まるでガキみたいなどもりっぷりを、よくカイやクリフにからかわれたものだ。

 床のピースは残り数ピースを残すところとなっていた。ここまでくれば、もう試行錯誤も必要ない。ぱちぱちとピースをはめていくクレアさんは、散らばった全てのピースをはめ終える。そして、泣きそうな笑顔で、あれ、と首をかしげた。
「ひとつ、足りない」
 俺はマグカップをテーブルに置くと、クレアさんの傍にしゃがみこむ。突き出した拳をマジシャンのようにぱっと開くと、その中の一等星に、クレアさんは今にも零れそうなその眼をはっと大きくした。
「最後のピースは、俺がはめるよ」
 ぽつんと残った穴に先ほどのスピカを押し込む。フローリングの上の小さな星空は、今や初めてその全貌を露にしたのである。窓の外をちょっと覗けば、もっと綺麗な空がいくらでも見られるっていうのにな。空気の澄んだ田舎ならではの特権だ。
 それでも、クレアさんがこのパズルをしたいと言うのなら、俺は何杯だってコーヒーを飲み干す覚悟は出来ている。
「クレアさんが見つけられないのなら、俺が見つけるさ。ふたりなら、もっと大きいパズルだって出来るだろ?」
「……うん」
 まだうるんだままの眼でクレアさんは微笑んだ。親を見つけた迷子みたいな顔。もしくは、何の変哲もないガラス片を大事そうに眺める時のような。しかしそのガラス片は、俺にとっても後生大事に持ち続けたい、きらきら光る宝物なのである。

 カーペットに投げ出された手をそっと繋ぐ。ぱちり、と、どこかでピースのはまる音がした。



NOVEL



「電波なクレアとそれをいなすグレイ」というわけもわからないリクエストをしたにも関わらず
どうですかこの、期待を上回るクレアの見事な電波っぷり、グレイの大器っぷり。しびれました。
あるとさん、猛烈にわたし好みのグレクレ、どうもありがとうございました!