見るからに家出娘の風体をしていたあたしを、渋々ながらも受け入れて。職を与えてくれたマスターのことが、あたしはキライじゃない。
どちらかと言えばむしろ好意的に見ていると思うけれど、それは決して恋愛対象とかそんなのじゃなく、恩を感じている、幸せになって欲しいと思えるひとという意味で。

そう。幸せになって欲しいと、そう思う。

そばで見ていてじれったいほど、ひっそりと。
けれどゆるぎない恋を、心の深いところで形作るマスターに。


「うわぁぁ……!!」

今、ティナさんがキラキラとした瞳で見つめているのは、マスター渾身のケーキのタワー。見上げるほどには高さはないけれど、一般的なホールのケーキと比べれば、タワーと呼んでも全く差し支えのない作品。

カウンター越しに目の前に置かれたそれを見るや、ティナさんはガタンと椅子から立ち上がった。

「す、す、すご、すごいよ!すごいよ!?カールさんケーキがタワーだよ!!」
「タワーになるように作ったんだから、そりゃタワーになるよ」

爛々と目を輝かせるティナさんを、揶揄するようにクスリと笑って、けれど柔らかにマスターは微笑みを向けた。ふたりの間にそびえるケーキの塔より、もしかしたらその顔は甘いかもしれなかった。
そんな、砂糖菓子よりも甘ったるい笑顔を向けられているのに、頬をそめることもましてや戸惑うこともなく、ティナさんはすんなりと子供のような笑顔を返す。

「これで試作品だなんて凄い!」

歓声をあげながら、にぱっと破顔して。

「本物はどんななのかなあって考えたら、益々結婚式が楽しみになっちゃった…!」

言葉どおりわくわくとした気持ちを抑えきれない様子で頬を緩める彼女を、マスターは、見ているこちらがくすぐったくなるような、とろける微笑のままで見下ろす。

「ほらティナさん、ちゃんと見てよ?要望があるなら今の内に言っておくれよ」
「うん!待って…えっとね…」

試作品のウェディングケーキを縦横から眺め、あれが欲しいこれが欲しいと希望を述べるティナさんの言葉を、マスターはひとつひとつ頷きながら傍らのメモに書き留めていった。

「…んー、あとは。ハヤトさんは何が好きかなあ…?」

もうすぐ彼女の伴侶となるひとの名前を、独り言のように呟いた瞬間。
そのほんの少しの間だけ、ティナさんの童顔が色づいて女性のそれになる。

マスターは相変わらず優しげな微笑を携えて彼女を見つめている。

ひとしきりの要望を伝え終えたティナさんは、走り書きが並ぶメモをさっと確認した後、ふわりと温かな瞳と柔和な笑みをもってマスターを見上げた。彼女のマスターに対する全幅の信頼がにじみ出ている、まるで花がほころぶような、そんな笑顔で。

「わたしね、ウェディングケーキ作ってもらうなら、絶対にカールさんって決めてたんだよ」

浮き立つ声音で告げられた言葉に、ますます眦を緩めるマスターは、酷く幸福そうだった。



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20100601:アップ