「切ない」
「―――は?」

ぽつり漏れた言葉を耳ざとくシンは拾う。

お店がお休みの今日は、シンとデートの日だった。と言ってもこの町にはショッピングモールや映画館のような華々しいものはひとつもないから、自然、デートコースはお決まりのものになる。お互いの家か、町のどこか静かなところ。
あたしは池のほとりで釣り糸を垂れるシンの隣に座って、一向に揺れる気配のないそれをじっと見つめていた。

「見てたら切なくなってくるわ」

釣り糸を見ながら呟いたのがいけなかったらしく、大いに意味を誤解したシンは一瞬息を詰まらせ、そして気まずそうにハハと笑う。

「わり、見てるほうは退屈だよなー!さっきから全然釣れないしさ」
「確かに取り立てて面白くもないけど、別に今更気にしてないわよ」
「…さようでございますか…」
「いつものことと言えばいつものことだし」
「…、…そうですよね…オレが釣り下手なんていつものことですよね…」

辛辣な言葉にいじけ、地面にのの字を書き始めたシンを横目に見て、無言でその肩にとんと頭を寄せるあたし。驚く様子もなく、優しく髪を撫で付けてくれる彼は、あたしの気分が落ちていることに初めから気が付いていたのかも知れなかった。

「こんなこと、ハヤトの兄であるあなたに言うことじゃないのかも」
「……やっぱその話題なんだ?」
「だって、いつも傍で見るんだもの。…見えちゃうんだもの」

囁いて、前髪をさらりと梳く大きな手の感触に瞼を伏せる。
シンに何かを求めたわけじゃなかった。ただ、ふたりを見つめるたびあたしの中に溜まっていく何かをほんの少しでも放出したかった。

「ケティとは、まるきり逆だけどさ。オレも見てるから。いつも見えてるから」

けれど、ゆっくりとあたしを撫でながら、シンは言葉を選ぶように語る。

「ティナにプロポーズした日の夜なんか、もう見るからに……いや、見た目はいつもの仏頂面だったけど、何てーかこう、雰囲気が浮ついてたって言うか。めちゃめちゃ嬉しそうで、幸せそうだったのよく覚えてる。そんなハヤト見てオレもすげえ嬉しかったから」

梳かれるたび自分の髪が額でたてる、さらさらという微かな音を、目を瞑ってじっと聞いていた。

「カール寄りのケティが、見てて切ないって思うのもわかんないワケじゃない。けどさ、冷たいって思うかも知んないけど、オレたちは関与しちゃ駄目なんだ」
「…」
「それにティナはカールのことを友達だと信じて疑ってない。これはオレの推測に過ぎないけど…、そうなるように仕向けたのもカールなんじゃないかって思う」
「…ええ、そうね」

きっと色々な想いがそこには含まれているのだろうけれど、そんなものを微塵も感じさせず、彼女に微笑みかける彼はいつも充たされていて。

「それでも……あんな風に笑われると、見てるこっちが辛くなるわ」

目配せから、指先から、溢れそうな『好き』を塗り込めてマスターは笑う。



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20100603:アップ