「アタシ、ティナは絶対カールくんとくっつくんだと思ってたよ」
「えっ?なんで?」

はぐはぐとマスターのケーキを頬張っていたティナさんは、アンのぼやきのような呟きに、キョトンとした表情で首を傾げた。心底不思議そうなその仕草と問いに、すかさず返すアン。

「なんでって…むしろこっちがなんで?って感じだよ。まさかのハヤトさんとはねえ…」
「でもわたし、最初からずっと、長いことハヤトさんのことがす…すす、…好き…だったよ?」
「なっ…もうすぐ人妻になろうって人がピュアすぎんのよー!……カールくんもっ!!」

どこでスイッチが入ったのか、アンは椅子を蹴倒す勢いで立ち上がると、カウンターの奥でケーキの盛り付けをしていたマスターに突如牙を剥いた。いきなりの指名にも、彼はにっこりと余裕の含まれた微笑みを寄越して。

「どうされましたか?お客様」
「どうもこうもないっての!」
「ご注文のケーキはすぐにお持ちしますので、少々お待ちくださいね」
「あ、うん楽しみ……って違う!」
「お飲み物のおかわりはいががでしょう?このケーキなら、レモンティーがよく合いますよ」
「じゃあそれください……ってそうじゃなくてね!?もっとこう、…あったんじゃないの?色々!それっくらいずーっとずーっと一緒に居たじゃん二人!」

一人立ち上がり拳を振るアンの向かいで、マイペースにケーキを咀嚼していたティナさんが、あまりに忙しいアンの様子にとうとうぷっと噴き出した。アンは立ち上がったまま彼女を見下ろす。

「何が面白いのよー!」
「だっ…て、アンさん、それ、まるっきり誤解だよ。ねえカールさん?」

ケーキが盛り付けられた皿を腕に載せ、ティーポットとティーカップ二つをそれぞれの手に持ったマスターが、颯爽とした足取りで二人の元へ歩み寄った。それは本当はウェイトレスであるあたしの役目なのだけれど、余程忙しくない限り、ティナさんへの注文はマスターが運ぶのが暗黙のルールのようになっていて。
とん、と運んだ品々をテーブルに置き、滑らかな手つきで、注文に入っていないティナさんの分までおかわりの紅茶を注ぎながらマスターは笑った。

「確かに、おいらたちが付き合ってるって殆どの人が誤解してたねー」
「すごく仲がいいお友達ってことは本当だけどね。でも、それだけじゃなくて。なんだろう……同志?みたいな感じだよ」
「同志ぃいい?」
「とりあえず、アンさん、座ったら?」

マスターの促す台詞に、とても納得のいかない様子で渋々椅子に腰掛けたアン。湯気を立てるカップを手に取って、すうっと胸の奥まで届かせるように深く香りを堪能してから、ティナさんはゆっくりと言葉を紡ぐ。

「わたしが精一杯の愛情を込めた収穫物がね、カールさんの手で夢のようなデザートに変わるの。卵も、ミルクも、フルーツも。全部全部、カールさんが美しくておいしいものに変えてくれる」

宝物を見せるようなきらきらとした表情で、彼女は静かに続けた。

「そんなカールさんをね、わたしは、心の底から尊敬してるんだ」

ティナさんとマスターは、見つめあって笑う。恋人同士のような甘い目配せに、どこまでも複雑そうな表情を浮かべるアンの気持ちが、あたしには一番共感出来る感情だった。



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20100606:アップ