その日初めて顔を合わせたのは幸せムード一色の式場で、そろそろ式が始まるというタイミング。
マスターの瞳はほんの少しだけ赤くなっていて、泣いていたのだろうか、と口には出せない疑問が頭を過ぎる。けれどまるでそんなあたしの想像を見越していたかのように、その人はふっと笑った。

「っとにケティはわかりやすいよねー。コレはほぼ徹夜でケーキ作ったからさ」
「…別に心配なんてしてないわよ」

揶揄するように言うマスターに、憎まれ口を叩きながら、あたしはどこかホッとしていた。


「おめでとー!」
「おめでとう!二人とも!」
「ティナさんキレー…!」
「ハヤトォォ…!よかったなぁあ…!!」

白いタキシードを着こなしたハヤトくんと、純白のウェディングドレスを身につけたティナさんが、方々からかけられる声に幸せそうに微笑みを返している。彼女が着ているドレスは綿菓子みたいにふわふわとしていて、甘くて女の子らしいシルエットで、とてもティナさんに似合っていた。

指輪交換と誓いのキスを終えた二人の前に、以前目にしたミニチュア版などよりはるかに精巧で華やかなウェディングケーキが運び込まれ、ぱっとライトアップされた瞬間歓声があがった。
けれどティナさんは試作品を見たときのように声をあげたりはせず、ただ瞠目して、しばらく食い入るように、マスター渾身の幸せの塔を見つめ続けた。
それからぐるりと式場に視線を巡らせて、あたしの横に立っていたマスターでその巡回を止めると、とろけそうな笑顔を浮かべたティナさんの口がゆっくりと動いて。

あ り が と う

し あ わ せ

それはマスターだけに向けられた幸福のサイン。

音のない言葉に、ちゃんと気付いたのか心配になった。けれどあたしが窺うよりずっと早く、マスターの身体はぐらりと揺れて、後ろの壁にどんと背を預ける格好になる。

「マスター!?」

片手で口元を押さえた彼の目はかたく瞑られていて、まるで苦悶の表情に見えた。

「マスター…大丈夫なの?」
「……い、き、……止まった……」

助けを求める喘ぎのような、掠れた、弱くて細い声が。
それでも、至福から押し出されるそれだと、どうしてかすぐに理解した。

「幸せ、過ぎて…死にそうって、言葉の意味が……今ならわかるや」

切れ切れに呟いて。
夢を見るように天を振り仰いだマスターの、閉じられた瞼の端から、ひとしずくだけ零れたそれが。

どうか、溺れそうなほどの幸福であればいいと思った。



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20100609:アップ