彼女と男は今まさにキスをしようとしていた。

よもや扉を出てすぐのところでコトに至るなどとは流石の俺も思っておらず、1.5秒ほどぽけらとその様を見ていたが、1.6秒後には我に返り二人の顔の間にズイッと掌を差し込んだ。
扉を出てすぐのところでコトに至ろうとしてよもや第三者に妨害されるなどとは思っていなかったであろう男は、割り込んできた俺の手に口をつける寸前でストップした。
それは俺としてもありがたかった。
一応手の甲を奪われる覚悟はしておいたが、ないほうが断然いい。

男は一瞬の硬直の後、即座に俺を睨んでくる。

「邪魔してんじゃねえよ」
「つか、その人、俺のコイビトだから。むしろお前が邪魔なんじゃん?」
「ハ、何お前、コイツのオトコなの?でもコイツ、声かけたらすぐついてきたぜ?」

ハ、だって?男の放った嘲るような一文字のハを、心の中で三回反芻した。

「もしかして、付き合ってるって思ってんのはお前だフブェ」

そして四回目の反芻を終えたと同時、俺はエセ平和主義者の皮を脱ぎ捨てることを決意した。
言葉の途中で横面を殴られた男が無様にすっ飛んで花壇に頭から突っ込む。

そこで初めて彼女に目を向ければ、ぱちぱちと二度瞬いた彼女はその男の傍まで歩み寄った。

仮にも彼氏の前で他の男を選ぶのか。それはちょっと理不尽すぎやしませんかね。盛大にへこみかけていた俺を他所に彼女は緩慢に男を覗き込む。小首をコテンと傾げる幼い仕草に今度は胸をときめかせる忙しい俺。

「そこ、昨日肥料まいたばかりなんだけど」

この場に全然相応しくない単語が零れるのも、職業ゆえなんだろう。

「ちなみに原料は動物の糞。今夜は念入りに頭、洗っておいたほうがいいかもね」

彼女の決め台詞は非常識にして抜群の破壊力だった。

俺はその横顔にうっかり、うっとり惚れ直してしまう。

高揚した気分をいいことに、彼女の手を握った。拒絶の様子はない。小さくて細くて、けれどどこまでも圧倒的な存在感。促すように引いてみた。今度も拒絶はなかった。



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20100530:アップ