てくてくと無言で歩く夜の道。初めて握った彼女の手の柔らかさに頭がぽやんとしていた俺だったが、彼女の家の前で立ち止まった瞬間、極めて大事なことを見落としていたことに気が付く。

「ってか。あれだよ。ほ…他の男についてっちゃ駄目じゃん」
「え、どうして?」

とってつけたようにたしなめたら、思いがけない切り返し。その悪びれなさと言うか、堂々たる様に、正論を述べているはずの俺が思わず間違えちゃったよごめんと謝罪を繰り出しそうになった。
だがしかし俺は頑張るのです。

「どうしてって…だって、俺と付き合ってるよね?」
「うん、まあ。一応」
「一応じゃないだろ。……す、少なくとも、今は」

どうして責めるべき俺のほうがおどおどしているかと問われれば、それはもう惚れた弱みなのだと一口で認めざるを得ない。
イマイチ男らしくなく付け加えた後半の言葉に、彼女が一瞬だけ、本当に刹那のことだったけれど、フと表情を曇らせたように見えた。見えたような気がした。
一瞬でいつものけろりとした顔にも戻り、けろりとした口調で彼女は言う。

「でもそれも、あとちょっとだから」

端的に唐突に振り下ろされた期間の終わり。まるであと少しで雨が止むとでも言葉にするような軽い響きが、彼女の柔らかな手に幸せを享受していた俺を一気に暗闇に落とす。

「期間終了後の相手を見繕っておこうかなって」

雨が止んだから傘をたたみましょう。晴れたから洗濯物を干しましょう。
そんなごくごく当たり前の、普段の営みの一部のように、彼女は俺とのキテレツな関係を受け止めていたらしかった。

もとより賭けを提案したのは俺だ。勝負を持ちかけたのは俺の方だった。初めから絶対的に理不尽なまでの力関係が、俺と彼女の間にはあった。惚れたもん負け。先代は全くなかなかすばらしい言葉を遺したものだ。

だけど。

「……そんなに、相手が欲しいんなら」

だけどその青い瞳に、今までの俺は少しでも映ってたのか?

「ずっと俺にしとけばいいだろ」

何て無様で手ごたえのない脆弱な言葉なんだ。

期限まで残すところあと一週間となっていた。



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20100530:アップ