「君がどうしてそこまで意地になるのか判らない」

搾り出すような情けのない告白を、意地の一言で一蹴してしまう彼女。俺は思わず彼女を壁際まで追い立てて両脇に腕をついた。絶対的に追い詰められた状況下でも、俺を見つめる瞳には一筋の熱も篭らず、青い双眸に映る顔は嗤えるほどに必死の形相をしていた。

「そんな顔するほど仲間内での賭けに勝ちたいの?」

ぽつりと、さり気なさを装って問われた言葉に、首を傾いだ。

「……仲間内での賭け?」
「とぼけなくていい。あたしを一番にオトすのは誰かって、競ってるんでしょう」
「はあ?誰がそんなことを?」

瞳を曇らせて口篭る彼女。辛抱強くじっと見つめていると、やがて諦めたように一人の男の名前が薄い唇から発せられた。それから、俺が彼女をコイビトにしたことを得意げに周囲の人間に自慢しているという話をその男から聞いたとも言われ、段々と事態の全容が見えてきた気がした。

「コイビト、って名目はもうあげてる。これ以上必死になる必要ないでしょ」

彼女はその話を知った上で俺との勝負を受けたと言うんだろうか。それとも受けた後に知ったのか、順番ははっきりとはしないけれど。
俺が彼女に向ける心の全てを、ありもしない仲間内での賭けのためだと捉えられていたとしたなら。その前提ありきで俺を見ていたのだとしたら、俺と彼女はなんて不毛な関係だったんだろう。

「……俺と君の賭けの条件、覚えてる?」
「一月の間付き合って、あたしが君にオチたら君の勝ち」
「ちょっと足りない」
「…何が?」
「キヨクタダシイお付き合い、だったろ」

訝るように俺を見上げる彼女の目が潤んで見えるのは、彼女にだけ発揮される盛大な俺の恋愛フィルタのなせるわざかも知れない。どうして彼女がこんなに好きなんだろうなんてのは一つの愚問でしかなく、そこには、俺はこんなにも彼女が好きなのだという事実がごろりと転がっているだけ。

「俺、その賭け、もう負けでいいよ」

俺の狙いに気付いた彼女が初めて狼狽した様子を見せた。だけど遅い。彼女は即席の腕の籠に、深く閉じ込められてしまっている。

「ま」
「待たない」

後退る彼女を嗤うように上体を寄せた。冗談みたいに柔らかくて甘い唇の感触に、体の奥底から震えが押し寄せてくる。そして唇を重ねたまま俺は確信した。

この折れそうに細くてたおやかな存在に、俺はきっとずっと勝てやしないのだ。



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20100530:アップ